猫と武士と足軽と  by もこ さん

第一話

どうも、はじめまして。俺の名前は「たすけ」と言います。足軽をやってんだ。
武蔵の国にある小さい藩で、家老の玉木様に仕えてる。
俺の親父もじいちゃんも、玉木家に代々仕えているんだ。
今、俺が仕えてるのは利成(としなり)様。殿様から拝領した朱い槍が命より大切なんだと。

…いつ、猫が出てくる?
まぁ、待ってよ。俺の自慢の主が「きーぱーそん」なんだからさ。

俺も、利成様も実は現世に蘇ってるんだわ。
利成様は今風で言う「イケメン」で、昔でも現世でもおなごに人気だ。
昔も今も俺は指を咥えて見てるだけ。でも、武芸の事しか言わないから、嫁が来ないんだわ(笑)
ほんとは心優しいお方なんだけどなぁ。

んじゃ、利成様と猫の話、始めるべ。

利成様

あれは、蓮の花が見頃の夏の朝だった。俺は利成様との剣術鍛錬のために、早朝から稽古場へ向かっていた。
畦道を歩いていると、突然目の前に土色の塊が飛び出てきた。
土竜かと思い近づくと「みゃおー」と一鳴き。

「猫? おめぇ猫か」と思わず確認してしまった。
土色の塊は「みゃん」と返事をした。
泥だらけのその姿から察するに、カエルでも追いかけて田んぼに飛び込んでしまったようだ。
いつもの俺ならほったらかすのに、今日の俺はこの泥だらけの猫が放っておけなかった。
鍛錬の事も忘れて猫を両手に抱え、元来た道を引き返していた。

「たすけ。其方今日は鍛錬があったのは憶えておるよな」

利成様、目が座ってます…

「は、はい。それが…」

「その、猫が訳なのか」

泥を落としたら、黄金色の茶虎だった。
しかもこいつ人間を怖くないと見えて、早速俺の膝に乗りノドを鳴らしている。大物か?鈍感か?

「何処ぞの飼い猫かもしれぬ。近くに茶虎を飼っていた者はおらぬか聞いてみよ」

「は。只今」

利成様が茶虎の顎を撫でると、嬉しそうにしているじゃないか! やっぱりモテ男は違うねぇ。
でも、この茶虎は雄だった(o^^o)
俺は田んぼの周りで聞き込みをしたが、誰ひとり飼主が現れず、徒らに月日が流れた。
結局、茶虎は主様の所で飼う事になった。
俺のじいちゃんが猫嫌いだったから。猫の(ね)の字を聴いただけで逃げ回る位だ。
訳は知らないが、可愛いのに、ひどいもんだ。

茶虎の名前は「八朔」。
はっさくって読むんだと。八月朔日に俺が出会ったから。利成様が命名。
洒落た名前だな。俺なら「トラ」になってた。
八朔はずっと利成様にくっついて離れない。
剣の稽古の時は離れた場所にじっと香箱作って待っているし、寝所も一緒なんだと。
ただ、月が綺麗な夜には大声を張り上げて鳴いているという。利成様のご母堂がなだめても、なかなか止めないそうだ。

「誰かを呼んでいるよう」と、ご母堂と利成様は思っている。

……そんな予感は、近いうちに当たるのだが、今日はこれでおしまい。
続きはまた今度。



第二話

どーも、足軽の「たすけ」です。現世では、観光に来る方々を「お・も・て・な・し」してます。
異国からわざわざ御屋形様や利成様たちに会いに来てくれるんだ。スゴくね?

さて、俺が出会った茶虎の「八朔」。無事に利成様の飼猫になったんだが、夜な夜な大声を張り上げて鳴いている。
寝不足の利成様、遂には馬上で居眠りし出す位に。
堪らず俺は、代わりに預かると申し出そうとしたが、じいちゃんが猫嫌いだったのを思い出して言葉を飲み込んだ。

「たすけ」

「は、はい!」

「少しあの寺で休む。住職に頼むから、馬を見ていてくれ」

村から離れた林道の始まりにある寺。
あの寺の蜜柑はうんめい。ガキの頃、よく盗んでは和尚に怒られてたっけ。
現世でも寺は残っていた。同じく蘇った利成様と二人で蜜柑の木を見に行ったなぁ。

利成様が離れで眠っている間、俺は境内の猫達と遊んでいた。
八朔の匂いがするらしく、今まで見向きもされなかった猫達に囲まれてしまった。

「たすけ、お前さんもてるネェ」

住職の雲海和尚が笑いながら俺の隣にしゃがんだ。
懐には茶虎を抱えていた。俺はなんとなく八朔に似ていると思っていると、

「こいつは兄弟がいたのだが、はぐれてしまってな。毎晩鳴いて呼んでいるのじゃ」

「ヘェ〜」

あれ? これ何処かで聞いたことがあるなぁ、、、

「あー!」

俺が突然大声を出したもんで、猫達が散り散りになった。
雲海和尚が抱えている茶虎もフーっと威嚇しだす。

「馬鹿もん!大声出すんじゃない」

「すんません。でも、おんなじ猫が利成様のとこにいるんです。しかも茶虎でよく似ているんで」

和尚に八朔との出会いから今までの話をした。
和尚は兄弟猫だと確信したらしく、茶虎の頭を撫でながら目尻を下げてよかったなぁ、よかったなぁと何度も繰り返している。

「玉木殿も、さぞかし寝不足でつらかったであろうな」

「へぇ、今日も馬に乗りながら舟を漕いでましたから。八朔と会わせたいんですが、いいでしょうか。」

和尚は逡巡して

「よし、わしがこの子を連れて行く。玉木殿が起きたらこの話をしてくれ」

俺は嬉しくなってきた。
足軽だって兵士。周りにも兄弟と戦で生き別れしてる奴だっているから、こうして会えるなんて夢の中だけだもんな。
現世で言う「奇跡」ってやつだな。
俺は興奮気味に、利成様が離れから出てくるのを待っていた。

続きはまた今度。



第三話

初めまして。玉木です。
今まで足軽のたすけが、八朔と出会いからを話していますが、
肝心の「猫地蔵」まで至らず、皆様をヤキモキさせているかもしれません。

……結構、面白い?

そうか。ならば良いのだが。
たすけは話しが面白いが、脱線するから気にしていたのだが。

さて、私の家族同然になった八朔。
村の田畑も黄金色に輝いて来た頃、夜泣きが激しい奴に眠れぬ日々が続き、龍泉寺で寝ませてもらっていた。
午睡など、子供の頃以来だ。
現世では大人も午睡をすると聞く。
我が大将が「玉木ちゃん、おひるねっていいんだよー。効率があがるんだってさ」と言うのだが、今だに気が進まない。
大分すっきりしたので、離れから出て雲海和尚に礼を言おうと本堂へ向うと、たすけが目を輝かして待っていた。

「利成様、聞いて下さい!」
「八朔の…、八朔の事がわかりましたよ!」

私は一瞬、八朔の飼い主が解ってしまったのかと残念に思った。顔に出たらしい、たすけは言い直して、

「えっと、八朔の夜泣きの事です。わおわお鳴いている理由です」

「そうなのか?」

たすけの横にいた和尚が、ほれ。と茶色い物体を私にさしだした。夕日に照らされた銀杏の葉の色をした目の茶虎だった。

「こいつの兄弟が、玉木殿の八朔だろうとわしは思っておる。こいつも毎晩鳴いて呼んでいるのだわ」
「わしが連れて行くから、八朔に会わせてくれぬか。」

茶虎は私の着物に鼻を付けて、何かを嗅ぎとろうとしていた。「みゃーん」と私の顔を見上げる。
私は確信した。この二匹は兄弟なのだと。

続きはまた、後ほど。



第四話

八朔は私の元で暮らし始めてから、夜な夜な月に向って鳴いていた。
何となく誰かを呼んでいるような気がしていたが、同じ時期に同じ茶虎が呼んでいたとなれば、間違いなかろう。

「私が連れて帰りたい」

「こいつは、やっとわしに慣れたところ。お前さんには渡せぬな。道中、逃げたしたらどうする?」
「逃げ出して馬に踏まれちまうわい。ああ、怖い怖い。」
「こんなに可愛い仔猫がお前さんの馬の餌食に。あー嫌だね。」

……訳が解らぬ。要は、八朔が見たいのだろう。そうだな。

和尚の茶番劇に付き合う事にした。日を改めて和尚が私の屋敷に、茶虎を連れて来る事に。

帰り道、たすけが「利成様は、雌にもてますなぁ」と戯けた事を抜かすので睨むと、
「あの、茶虎は(みかん)っていう雌猫なんですよ」と教えてくれた。

……みかん。理由は二匹があの蜜柑の木の下の地蔵に寄り添う様に座って居たからだそうだ。
なぜか突然、一匹(八朔と思われる)が居なくなり、みかんだけがはぐれた兄弟を待つ様に座って居たそうだ。

蜜柑の木の下

この様な偶然の重なりがあるのだろうか?
和尚が、みかんと八朔を会わせたその日まで、気持ちが落ち着かなかった。

数日後の昼下がり、雲海和尚が屋敷を訪れた。たすけが言うに、あの時の私はやたら落ち着きがなかったそうだ。不覚。
和尚の懐からあのみかんが恐る恐る出てきた。懸命に身体中で安全を確かめている。
八朔が部屋の端で小さくなって珍しいものを見る様にみかんを見ていた。

「忘れてるのかの」

和尚が首を傾げて二匹の様子を見ている。私も、その様な事だろうと思っていた。
しかし、みかんがうにゃうにゃ何かを言っている。
八朔へ真っ直ぐに向かい、前足で八朔の尻を叩いた。ぺちんって音が聞こえてきそうだ。

人間なら「あたしのこと、わすれたわけ?」という事だろうか?

八朔の方は「だれだっけ?」

……あれだけ、毎晩鳴いて呼んでいたくせに。忘れおって。
何発か拳を食らった後で、ようやく八朔が思い出した様で、みかんの鼻に鼻をくっつけて、猫の挨拶を交わした。

「八朔は、鈍感だの」

「まったく」

これで、兄妹は再会を果たした。


すみません、まだ続きます。
もうしばらくお付き合いください。



最終話

どーも、たすけです。ここからは再び俺が話を進めます。よろしくお願いします(^-^)/

戦1

八朔とみかんが、晴れて再会を果たし、利成様と暮らして数年後の事。遂に俺らの土地でも戦がおっぱじまった。
武蔵の国の小さな藩、百姓や足軽の寄せ集めで数百人に対して、向こうは万単位で来た。
ありえねぇかもしれねぇが、こんなんザラなんだべ。
天下取る人間は、何でも手を抜かねぇと、誰か言ってた。

戦2

沼地の上に築かれたお城を堕とすために洪水を起こされて、
俺らの仲間や、とーちゃんかーちゃん、じーちゃんばーちゃん、みんなで耕した田んぼもみんな流されちまった。
天下取るために、なんでもすればいいのか?
流されたのは、敵の兵士もだぜ。頭に血が上った。

利成様も同じ事を思っていたのだろう。でも、口には出さなかった。それでもあの二匹が気になって仕方ない様子だった。

戦3

結局、お城は明け渡し。城代は敵のやつが継いだ。


八朔、みかんは無事だった。利成様は顔には出さなかったけど、嬉しかったそうだ。
戦が終わって、利成様、急に

「此度の戦で死んでいった者や敵味方問わず兵士を弔い、そのための寺を建てる」

「へ?」

何言ってん?
この人は、一度決めたらまっしぐら!なタイプなんだよな。
寺を開基するって大変で、その後も寺を残していくのも大変なんだそうだ。僧侶がいないと寺が続かないらしい。


寺の開基から十年たった頃、
利成様はそれまでの苦労がたたったのか、倒れてしまった。猫達は心配なのか床を離れない。

「八朔、みかん」

利成様は手を差し出し二匹を撫でた。あの槍を振り回していた逞しい腕は見る陰もない。
痩せ細った腕に俺は言葉を失った。

「お前達、一緒に暮らせて良かったな。私もまさか猫を飼うとは思わなかった。」
「しかも兄妹でとはな。お前達の顔を見ると何故か心が安らぐ。」
「常に険しくなる心をお前達が穏やかにしてくれた。」
「戦で死んでいった者達を敵の兵士まで弔うなどとは、お前達が居なかったら考え付かなかっただろう。」
「本当に不思議なもの…たち…だよ」

これが、利成様の最期の言葉だった。
八朔とみかんが見守る中、眠るようにあの世に行ってしまった。
そして二匹も、追いかけるように死んでいった。

俺は泣きに泣いた。生きてきた中で一番泣いた。
俺は寺の中にある利成様の墓の隣に、二匹の亡骸を埋めた。
そして無鉄砲なことに、地蔵を彫ると決めた。
なんでだか今でもわからないが、あの時は何かに取り憑かれたかの様に一心不乱に彫り進めた。


出来上がった地蔵は…  猫の地蔵二体。

顔が八朔とみかんにそっくりだった。

二体は猫達の墓の代わりした。
ずっと、俺の代わりに利成様を見守ってほしいと思って。

八朔みかん地蔵


これが、猫地蔵が出来るまでの話。

どうだったべ? あんまし沢山書くと、現世の八朔かーさんが仰け反ってしまうから、はしょりました。
皆様、現世に蘇っている俺たちにお会い出来ることを楽しみにしております!
足軽のたすけでした!